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サッカーを縁に寄付 まちづくりの「一滴」に

漁協が定置網漁 漁業者の育成目指す

リップルコミュニティ➡神奈川県大磯町

 

■海、魚が好きな未経験者を募集

 

「大磯で漁師になりませんか?」

 江の島方面からクルマで西へ。湘南海岸沿いの国道134号が西湘バイパスとつながるあたりに、大磯漁港(神奈川県大磯町)がある。白を基調としたおしゃれな港の賑わい交流施設「OISO CONNECT」で、そんなチラシをみつけた。

地元の大磯二宮漁業協同組合が定置網漁船の乗組員を若干名募集するもので、仕事は「定置網の操業、漁具の修繕、その他組合業務」だ。応募資格は「やる気がある、海で働きたい、魚が好きな人大歓迎」。3カ月の研修期間も設けており、まったくの未経験者を想定した募集であることがわかる。

大磯漁港の賑わい交流施設「OISO CONNECT」

この取り組みに企業版ふるさと納税が活用されている。漁協の事業に対して大磯町が2023年度予算で支出する補助金の一部に、3つの企業からの寄付金が充てられるのだ。

そのうちの1社である株式会社リップルコミュニティ(東京都新宿区)は「コンサルティング」「営業支援」を主軸にした成長企業だ。2018年に設立され、従業員数は50人。年間100億円以上の売上高を誇る。携帯電話ショップの運営請負、家電量販店やスーパーなどでの通信サービスやモバイル、デジタル家電などの販売請負、コールセンターやイベントの業務請負。さらにはアパレル、ゴルフレッスン場、メディア関連など事業領域はかなり広範だ。

山口龍佑社長は、「コンサルティングと営業支援にかかわることなら、基本的にどんなことでもやっていきます。その結果、サービスがどんどん増えていきました」と説明する。社名のリップルは英語で「水面に波紋をつくる」という意味。コミュニティは「仲間」だ。山口氏は「弊社による最初の一滴が社内外の人たちを巻き込み、広がっていく波紋によって、社会を少しでもよくしていきたい」と思いを語る。

 

■「チーム愛」共感 湘南ベルマーレのホームタウンに寄付

 

同社は2022年、大磯町と隣接する平塚市を拠点とするサッカーJ1「湘南ベルマーレ」のパートナーになった。そして、ホームタウン(周辺9市11町)のうち、企業版ふるさと納税を制度化している自治体へ寄付をしていくことを決めた。

湘南ベルマーレのホーム「レモンガススタジアム平塚」のFC横浜戦であいさつする

山口龍佑社長=2023年3月8日(湘南ベルマーレ提供)

「22年はシーズン途中だったので、社名ロゴはハーフパンツに。23年はオフィシャルプレミアムパートナーの最上位となり、ユニフォームの胸に掲げられました」(菅原聡義執行役員)。スポンサーとして、どんな狙いがあったのだろうか。

山口氏は「広く社名を広めるためです。私は『成果を出した人間がちゃんと評価される会社を作りたい』と思ってやってきました。弊社は固定給に加えて、成果を出したら翌月にインセンティブを反映できるよう、細かい給与規定をつくっています。もし株式を上場したら、このルールの継続は難しくなりますからね。そのため、ほかの方法を考えていたのです」と振り返る。

そうしたとき、社員がたまたま、ベルマーレの営業担当者と知り合いになり、地元サポーターの「チーム愛」がものすごいのに、Jリーグのなかでは大都市に拠点をもつチームと比べると、どうしても財政的に厳しいことがわかった。

チーム愛を語る象徴的なエピソードがある。新型コロナ禍による収益悪化でクラブ存続への危機が高まった20年、ベルマーレが呼び掛けたクラウドファンディング(目標金額5000万円)に、3218人から約8025万円の支援が集まった。22年に行った2回目(同1億円)には、4132人が約1億1893万円を支援。いずれも大成功となった。

「こんなに素晴らしいベルマーレが、このままではもったいない。23年はJリーグ参入30周年。一緒に応援させてください」

山口氏がサッカー好きということもあり、話は一気に進んだ。23年シーズンが開幕。ピッチを駆け回る選手たちの胸元で、水滴を「i」でイメージした「RiPTy」のロゴが躍動した。


新ユニフォームでプレイする選手たち(湘南ベルマーレ提供)

チームには、2022 FIFAワールドカップカタール大会の日本代表メンバー、FW町野修斗らもおり、メディアへの露出機会も多そうだ。山口氏は「『何? この会社知らない』と言われる率が減っていったり、仕事の提案をさせていただくときの効果につながったりすると思います」と認知度のアップを期待する。さらにリップルコミュニティはイベントの打ち方など、ベルマーレへのコンサルティングや営業支援にかかわるようになり、グッズの製造販売や公式オンラインショップの運営も始めた。

ベルマーレの支援にとどまらず、同社が企業版ふるさと納税による自治体への寄付にも積極的なのは、「クラブにお金を出して、良い選手を確保するだけではなく、支えてくださるホームタウンに住まわれている方に何か恩返しができたらいいよね、という気持ち」(山口氏)からだという。22年度はベルマーレのホームタウンのうち神奈川県平塚市、伊勢原市、秦野市、二宮町、そして大磯町に各100万円を寄付した。

リップルコミュニティが行う企業版ふるさと納税は、株式会社企業版ふるさと納税マッチングサポートに全面委託しているという。角田洋子業務執行役員は「企業版ふるさと納税マッチングサポートさんのアドバイスを受け、神奈川では『まちづくり』関連事業に役立ててもらうことにしました」と経緯を説明する。大磯町への寄付の申し出は22年11月22日。「働く人を応援するまちづくり事業」への活用を希望した。

12月7日には、山口氏が大磯町役場を訪問。当時の中﨑久雄町長から感謝状を手渡された。町長との懇談で、山口氏は「町民の皆さん、訪れる人たちにもっとベルマーレを応援してもらえるように、通りにフラッグを飾ったらどうか」とベルマーレをアピールした。

中﨑久雄前町長(左から2人目)から感謝状を受ける山口龍佑社長(大磯町提供)

■止まらない人口の漸減 課題は担い手確保

 

 その大磯町は東西約7.6キロメートル、南北約4.1キロメートルとコンパクトながら、日本初の海水浴場、旧吉田茂邸などで知られ、海と緑に囲まれた風光明媚な町だ。

だが、近年は多くの自治体と同様に「人口の緩やかな減少」に直面している。町人口は10年の3万3032人をピークに漸減を続け、直近では3万1235人(23年2月1日現在)に。65歳以上の人口が占める高齢化率も34.4%(同1月31日現在)で、過去最高となった国全体の29.1%(総務省統計局の22年9月15日現在推計)を上回っている。

 町の小林英文政策課長は「担い手の確保が大きな課題です。企業版ふるさと納税制度の導入もその一環です」と話す。町が作成し、22年3月31日付で認定された3年間の地域再生計画(大磯町まち・ひと・しごと総合戦略推進計画)では、「住んでみたい」「住み働きたい」「いつまでも住み続けたい」町を創造していくことで、町内で就業する労働力人口の確保を目指している。

 同計画では、企業版ふるさと納税を活用する「まちづくり事業」として、「働く人を応援する」「妊娠・出産・子育て・教育の希望をかなえる」「住む人の安心な暮らしを守る」を掲げた。計画初年度の22年度、大磯町には4社1410万円の寄付が寄せられ、小林氏は「応援していただける企業に感謝している」と話す。ただ、計画で目安とした10億円との乖離など課題もある。大磯町は企業版ふるさと納税マッチングサポートによる企業紹介のサービスも利用しており、小林氏は「寄付したいと思っていただける事業を創設するなど、アピールを強めたい」と意欲を語る。

企業版ふるさと納税への期待を語る大磯町の小林英文政策課長(中央)

同じ時期、大磯二宮漁協が新規事業として計画していたのが、冒頭のチラシにある定置網漁への新規就労で漁業者を増やす取り組みだ。町の地域再生計画で目指す「町内外での交流による地域産業の担い手づくり」と合致しており、町は漁業活性化推進事業として、2023年度予算で総事業費約8000万円のうち1183万円を補助、その一部にリップルコミュニティなど3社から寄付された410万円を充てることにした。23年3月15日、町議会で寄付金を管理・運用する基金創設も含めた関連議案が可決された。

 漁業への新規就労の方法がなぜ、定置網漁なのか。大磯二宮漁協の髙橋拓郎氏は「経験がなくても、初歩から学べば比較的習得しやすいからです」と説明する。漁協で定置網漁を学んだ人が漁業者として独立し、新たな乗組員が就労すれば、担い手が増えていく。

 漁協が所管する大磯町と二宮町の漁業者数は、両町の漁協が合併して現体制になった19年に約50人だったが、23年2月末現在で43人に減っている。「何としても漁業者を増やしたい」という使命感から、漁協が自ら船を持ち、担い手を育てることに踏み切った。漁船は中古船の予定だが、3~4カ月に一度交換して補修するため、2組が必要な定置網が事業費の多くを占めるという。

自然を相手にする重労働。「小田原の市場に魚を持ち込むため」(髙橋氏)、勤務時間は午前1~10時というハードな仕事だが、漁業者にあこがれる人にとっては絶好の機会だろう。 町も「新規雇用に加え、水揚げされる魚の一部を学校給食やOISO CONNECTでの販売に活用したい」(山口信彦産業観光課長)と期待する。

 

■自治体との関係強化、高校の授業支援も

 

企業版ふるさと納税の寄付を通して、リップルコミュニティは自治体との結びつきを強めている。大磯町に隣接する平塚市では3月15日、市内にある神奈川県立平塚農商高校の商業科2年生の特別カリキュラムで、山口氏が自身の体験を披露。「生徒さんたちに何かのプラスになれば」とリップルコミュニティから市に働きかけて実現したという。

 山口氏は山梨県の甲府市立甲府商業高校に在学中、俳優を志し、卒業後もアルバイトをしながら挑戦を続けたが、20歳で断念した。「まだ巻き返しはできる」「話すことは得意」とインターネット回線の販売員に。数カ月で販売記録を達成した。その後は販売員を管理する立場に回り、「人に数字を上げさせる」ことも学んだ。転職を重ね、広告代理店ではアイデアが人を喜ばせ、お金になることを知った。一方、勤務先やクライアントで感じた理不尽さや気づきもたくさんあった。「こうすればうまく回る」と考え続けた末、より良い会社をつくろうと起業した。こうした体験談は、商業科で学ぶ生徒たちを大いに勇気づけるとともに、同社の企業マインドを伝える絶好の機会になった。

同校ではさらに、24年度に向けて、マーケティングに関する1年間の特別カリキュラムも計画されている。リップルコミュニティがサポートし、ベルマーレの公式グッズの企画から製造、宣伝、インターネット販売に至る現場の仕事を、具体的に教える構想だ。理論ではなく、マーケティングの現場を知ることは、生徒たちにとって貴重な経験となりそうだ。

ラテン語で「美しい海」を意味するベルマーレ。サッカーが縁を結んだリップルコミュニティの寄付は漁業から「波紋」を広げ、地域の観光や教育も元気にする確かな「一滴」になりつつある。

 

 

 

 

企業版ふるさと納税とは

地方自治体の地方創生事業に賛同する企業が、寄付を行うことで民間の資金を地方創生に役立てる制度。企業は寄付額の最大9割の税額控除を受けられる。2016年から始まり、21年度には約226億円の寄付が行われた。

株式会社企業版ふるさと納税マッチングサポートは、一般財団法人地域活性化センターと東武トップツアーズ株式会社の共同出資により設立、寄付を希望する企業と自治体のマッチングを行っている。