バイオマス事業への寄付で「理念」を広げたい
「迷惑施設」が「まちの誇り」に
伊藤忠エネクス➡佐賀市
■ごみ焼却で出るCO2で産業を活性化
のどかな田園地帯に広がるビニールハウスに向かって、長いパイプが伸びている。中心に立つ清掃工場から縦横にめぐらされたパイプで運ばれているのは、CO2(二酸化炭素)。2050年までに排出を実質ゼロにする目標が立てられている地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの代表だ。佐賀県佐賀市のごみ処理施設「佐賀市清掃工場」では、ごみを燃やすときに出るCO2を回収して、農業などの産業に生かす「CO2分離回収事業」が進められている。
周囲には貯留タンクから気体のままCO2を供給するパイプラインが張り巡らされている
地球環境の観点から〝厄介者〟扱いのCO2だが、光合成を行う植物や藻類にとっては、成長に欠かせない〝資源〟でもある。佐賀市は清掃工場の周辺に、CO2を事業に必要とする企業を誘致。これまでに、ヘマトコッカスという藻を培養し、含まれる有用成分を使ったサプリメントや化粧品を製造、販売する「アルビータ」(佐賀市)、キュウリを栽培する「ゆめファーム全農SAGA」(佐賀市)が清掃工場の周囲に設備を作り、市からCO2を購入し て事業に活用している。
工場の周りにはCO2を使ったビニールハウスや藻の培養施設が集まっている
「敬遠されがちな施設を歓迎される施設へ、それがこの事業を進めるスローガンでした」。佐賀市バイオマス産業推進課の川原田格主任はそう振り返る。「平成の大合併」で1市6町1村が合併した佐賀市。合併に伴い旧町村から引き継いで4カ所になったごみ処理施設を1カ所に統合する必要があった。そこで、ともすれば「迷惑施設」と思われがちなごみ処理施設や下水処理施設を「価値をもたらす施設」に転換させ、住民の理解を得ることを目指した。
理解を得る手段として、ごみの焼却で出る熱を施設内の発電に利用するとともに、近くにある健康運動センターの温水プールや植物工場に供給。また、排出されるガスからCO2だけを取り出すCO2分離改修設備を設けて、排ガスの段階では約12%だったCO2濃度を99.5%以上にまで濃縮して回収。設備は2016年8月から稼働し、清掃工場で1日約200トン排出されるCO2のうち、約10トンを回収する能力を持っている。
■「事業を応援したい」共感がカギ
「こんなすごいことをしているなんて、企業版ふるさと納税の制度を調べるまで知らなかったんです。施設を見学させてもらって、お手伝いしたいと申し出ました。すぐに結果が出る話ではないけれど、すばらしい事業ですよ」
日本初となる佐賀市のCO2分離回収事業をそう絶賛するのは、伊藤忠エネクス(東京都千代田区)の田中文弥執行役員(電力・ユーティリティ部門長)だ。同社は国の「企業版ふるさと納税」制度を使い、20年度から3年連続で佐賀市のバイオマス事業に寄付を続ける。
伊藤忠グループのエネルギー商社である同社は、森林保全活動に注力する複数の自治体に企業版ふるさと納税を活用した寄付を行い、企業の社会貢献活動としてCO2削減に寄与している。ただ、佐賀市への企業版ふるさと納税はサステナビリティ担当部署ではなく、同社の電力関連事業を担う電力・ユーティリティ部門が行っている。
佐賀市出身だが、「今回の寄付で初めて事業を知った」という
伊藤忠エネクスの田中文弥執行役員(同社提供)
「地域の暮らしを支えることに価値を感じる会社なので、さまざまな自治体の取り組みを支援したいと考えていました。当初は企業版ふるさと納税を募集している自治体が今ほどなく、その中でもエネルギー分野を挙げている自治体は少なかったですね」と田中氏。「企業版ふるさと納税マッチングサポート」からの紹介を受け、他ではやっていない取り組みに力を入れる佐賀市の事業が特に魅力的に映ったという。
「こうした大掛かりな新事業を、都会ではなく地方の自治体がやっているというのも良かったんです。より応援したいという気持ちになりましたから」と同社電力・ユーティリティ部門の加藤繁道・統括部長も言葉をつなぐ。国の税額控除による法人関連税節税という制度そのもののメリットに加え、寄付先を選ぶ決め手になったのは、「魅力的な自治体の事業を応援したい」という共感の気持ちだった。
■事業ドメインを広げた出合い
継続して支援を行う中で、企業と自治体、両者の連携が進んでいく。伊藤忠エネクスは民間企業などの社員を研修員として受け入れる佐賀市の制度も使い、社員を同市に派遣。自治体と関係を深め、会話を増やすうちに、自治体のトップである市長と直接会う機会や、そのビジョンを共有する機会も得られた。
深まった両者の絆は、新たなプロジェクトも生み出した。22年5月、佐賀市と佐賀大学、伊藤忠エネクス、不二製油グループ本社(大阪府大阪市北区)による「CO2を活用した大豆育成研究プロジェクト」が始動したのだ。
(左から)伊藤忠エネクスの田中文弥執行役員、佐賀大学の渡邊啓史准教授、坂井英隆・佐賀市長、佐賀大学の後藤文之教授、不二製油グループ本社の門田隆司取締役上席執行役員(伊藤忠エネクス提供)
大豆はCO2を吸収することで成長が早まるとされ、プロジェクトはCO2を利用した効率的な大豆の生育方法を研究。将来的には佐賀市清掃工場から出たCO2で大豆栽培を行い、そこで生産された大豆を使った製品を開発し、環境に優しいサステナブルな取り組みを広げていきたい考えだ。
エネルギー供給事業を営む同社はこれまで、CO2を排出する側の企業だった。それが佐賀市との連携を進めたことで、大豆の生育を通じ、ビジネスとしてCO2排出量削減を考えることができるようになった。
「ロシアによるウクライナ侵攻で、私たちが生きていく上でエネルギーと食糧がいかに大事であるかが改めて注目を浴びています。佐賀市との出合いがなかったら、この大豆プロジェクトも生まれなかったと思います。実用化はまだ先かもしれませんが、企業版ふるさと納税をきっかけに、当社の事業ドメインは確実に広がりました」(田中氏)。
■外部の〝評価〟→住民の認識が変化
一方の自治体側にも、企業版ふるさと納税を受けて、新たな取り組みが広がっている。佐賀市のバイオマス事業は当初から、企業を呼び込み新たな産業と雇用を創出することと、企業間の連携を仲介することが目的だったが、そこに地元の高校生を巻き込んだ新たな商品開発にも成功しているのだ。
例えば、地元の県立佐賀商業高校は、清掃工場のCO2を使って栽培されたバジルを使い、新しい調味料を開発。また、私立弘学館高校の提案からは、CO2を活用して藻類を培養する「アルビータ」と、地元製菓店「ムーラン・ルージュ」の連携が生まれた。「アルビータ」が培養する藻から抽出した有用成分のアスタキサンチンを「ムーラン・ルージュ」が行う養鶏の餌に用い、抗酸化作用成分が多い卵「壮健美卵」が開発された。「ムーラン・ルージュ」では、この卵を使ったお菓子の製造と、卵かけご飯専門店が新たに営まれることとなった。
さらに、市が予想もしていなかった効果が、「住民の理解促進」だ。
日本初の画期的な取り組みとはいえ、CO2分離回収事業には国の補助金(約5億円)を含む約14億5000万円が必要だった。回収したCO2の販売などにより投資分を回収していく計画だが、現時点では事業単体では支出が大きく上回る。しかし、市が進めてきた「清掃工場周辺への企業の集積」による経済波及効果は、20年時点で54億1300万円。この事業効果を示しても、住民の理解はなかなか進まなかったという。
その認識が、企業版ふるさと納税制度によって変わりつつある。市が21年度にバイオマス事業に対して受けた企業版ふるさと納税は、計13件、約2000万円。金額として突出しているわけではないが、「全国の企業から注目され応援されているということが分かり、住民も、もしかしたら自分たちのまちにあるのはすごい施設かもしれないと思えるようになってきたようです。外からの評価というのは、私たちが考える以上に、住民にとって価値あるものでした」(川原田氏)。
企業版ふるさと納税が、自治体の事業に〝お墨付き〟を与え、住民の理解促進に一役買ったといえよう。
もっとも、佐賀市の取り組みに注目するのは国内だけではない。清掃工場には、マレーシアや英国、フィンランドなど海外からも多くの問い合わせや視察の申し込みが入る。
工場を視察に訪れたフランスの企業(佐賀市提供)
年間3桁に上るこうした視察を、佐賀市は可能な限り受け入れている。
「もちろん多くの企業から応援をいただけるのはうれしいことですが、私たちが目指すのは、脱炭素の取り組みに共感が寄せられ、〝佐賀モデル〟ともいえるバイオマスを活用した地域の活性化が世界に広がっていくことです」と川原田氏。今は世界で唯一とされる取り組みが、珍しくなくなる未来を願う。
日本全国にあるごみ処理施設は1000カ所以上。迷惑施設とされる施設を、まちの誇りに変えることができたら-。そんな佐賀市の理念を支える手段のひとつが、企業版ふるさと納税制度である。佐賀市の取り組みに共感する企業が増えれば、脱炭素社会の実現が一歩、近づく。
企業版ふるさと納税とは
地方自治体の地方創生事業に賛同する企業が、寄付を行うことで民間の資金を地方創生に役立てる制度。企業は寄付額の最大9割の税額控除を受けられる。2016年から始まり、21年度には約226億円の寄付が行われた。
株式会社企業版ふるさと納税マッチングサポートは、一般財団法人地域活性化センターと東武トップツアーズ株式会社の共同出資により設立、寄付を希望する企業と自治体のマッチングを行っている。